2016/02/28

東日本大震災アーカイブス③岩手県岩泉~宮古市




もうすぐ、2011年3月11日東日本大震災から丸5年が経過します
地震、津波、原発事故
復興はまだまだです
忘れないように
大震災から六ヶ月後の2011年9月に被災地を北から南へ撮った写真を9回に分けてUPしています

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八戸市から三陸町
三陸町から仙台市





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09071206岩手県下閉伊郡岩泉町小本下中野

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09071207岩手県下閉伊郡岩泉町小本下中野

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09071208岩手県下閉伊郡岩泉町小本下中野

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09071209小本大橋(岩手県下閉伊郡岩泉町小本)

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09071331道の駅たろう(岩手県宮古市田老重津部)

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09071414岩手県宮古市田老

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09071415岩手県宮古市田老

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09071416岩手県宮古市田老

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09071417+岩手県宮古市田老

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09071419岩手県宮古市田老

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09071420岩手県宮古市田老

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09071421岩手県宮古市田老

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09071422岩手県宮古市田老

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09071423津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071424津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

「日本一の防潮堤」「万里の長城」――。住民たちは、そう呼んで信頼を寄せていた。岩手県宮古市田老地区にあった全国最大規模の津波防潮堤。だが、東日本大震災の未曽有の大津波にはなすすべもなく、多数の死者と行方不明者が出た。「今後、どうやって津波を防いだらいいのか」。住民たちはぼうぜんとしている。
 「津波は堤防の倍くらい高かった」。防潮堤の近くに住んでいた漁師小林義一さん(76)は顔をこわばらせて振り返った。11日の地震直後、いったん堤防に避難した。だが、山のような津波が海の向こうから押し寄せてくるのが見えたため、急いで丘に駆け上り、難を逃れた。自宅は押し流されて跡形もない。
 小林さんは「防潮堤は安心のよりどころだった。『防潮堤があるから』と逃げ遅れた人も多かったのではないか。堤をもっと高くしないと、これでは暮らしていけない」。
 約4400人が暮らす田老地区は「津波太郎」との異名がある。1896(明治29)年の明治三陸津波で1859人が、1933(昭和8)年の昭和三陸津波で911人が命を奪われた。
 防潮堤は、昭和三陸津波襲来の翌34年に整備が始まった。海寄りと内寄りの二重の構造。高さは約10メートル、上辺の幅約3メートル、総延長約2・4キロと、まるで城壁のようだ。岩手県によると、二重に張り巡らされた防潮堤は世界にも類はない。総延長も全国最大規模という。60年のチリ地震津波では、三陸海岸の他の地域で犠牲者が出たが、田老地区では死者はいなかった。
 しかし、今回の津波は二つの防潮堤をやすやすと乗り越えた。海寄りの防潮堤は約500メートルにわたって倒壊し、所々にコンクリートの残骸が転がっていた。隣近所の多数の知人が行方不明になったという男性(45)は「津波の前では、頼みの防潮堤がおもちゃのように見えた。こんな津波を経験して、このまま田老で暮らせるのかどうか分からない」と泣きながら話した。<朝日新聞2011.3.20朝刊>



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09071425津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071426津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071427津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071428津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071429津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071430津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071431津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071432津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071433津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071434津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071435津波防潮堤(岩手県宮古市田老川向)

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09071436岩手県宮古市田老

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09071437岩手県宮古市田老

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09071438たろう観光ホテル(岩手県宮古市田老野原)

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09071439岩手県宮古市田老

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09071444国道45号(岩手県宮古市田老)

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09071558岩手県宮古市鍬ヶ崎

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09071559岩手県宮古市鍬ヶ崎

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09071603岩手県宮古市鍬ヶ崎

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09071607宮古市街地入口ガススタンド(岩手県宮古市築地)

「このスタンドの前で津波が渦巻いた。横の住宅地は全部ながされてしもた。裏山の神社に逃げようとしたが、そちらから津波が来た」
家の土台を指差しながら「ここで一人、あちらの家が二人、あそこの奥さん行方不明で、海の方ばかり探していたら自宅瓦礫の箪笥の下から見つかった」<当時の地元の人の話>

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09071611宮古市光岸地

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09071617宮古市市街地

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09071618宮古市市街地

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09080646岩手県宮古市末広町7

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09080714宮古市市街地

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09080716宮古市市街地

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09080720国道45号(宮古市市街地)

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09080722国道45号(宮古市市街地)

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09080724国道45号(宮古市磯鶏)

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09080725国道45号(宮古市磯鶏)

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09080731(宮古市磯鶏)

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09080732(宮古市磯鶏)

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09080733(宮古市磯鶏)

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09080807津軽石川(岩手県宮古市津軽石)

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09080808岩手県宮古市津軽石

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09080813JR山田線(岩手県宮古市津軽石)

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09080814JR山田線(岩手県宮古市津軽石)

「この辺も津波が来たが、勢いがなく浸かった感じだ。海抜の高さだけでなく、地形や海への向きなどで被害がかわっている」
「津波以降、今年は雑草がすごく育つ、臨場ではない。海のミネラルが入ったのか」<当時のガソリンスタンドの主人の話>





つなみ(文芸春秋)4月臨時増刊号

あの3.11直後に綴られた作文集の子どもたち、5年後の作文集です
小学生が中学生に
中学生が高校生に
高校生が大学生や社会人に
懸命に生きて感じた子どもたちに乾杯です!




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コメント

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まぁ復興の遅れは人手が足りないって言うのも原因の1つですね。だからオリンピックも原因。建設関係は誰でも良いから欲しいって言うのが現状。なんせヤレばヤる分だけ金になる。とりあえずは人が多い地域を集中的にやっているようです。
個人的には、ココに新しい”村”を作る必要性があるのか?って思うんですけどね・・・復興で限界集落を作るって変な感じします

noxさんへ

復興へは、原発事故も複雑に絡み合って・・・
どちらにしても地元の方の思いが優先ですね