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袋町小学校は、爆心地から460メートルのところにあります。
昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分、原爆によって、朝会のために校庭に出ていた教職員・児童ら約160名がほぼ全滅、数名だけが生き残りました。
奇跡的に生き残った児童は、閃光の瞬間、校舎地下にある靴置き場で履き替えるためにいた児童です

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鉄筋コンクリート造りの地上3階地下1階の校舎だけが残り被爆翌日から臨時病院・救護所となり、翌年には校舎は最低限の補修を施され、翌1946年(昭和21年)年6月には授業が再開されました
その際、煤で黒くなった壁にチョークでた避難した人の消息を伝える数多くの被曝伝言の上に漆喰で上塗りされてました

が、老朽化により2000年(平成12年)8月7日より解体作業が行われた。この際に壁の漆喰や黒板の下から、救護所として使われた際に書かれた避難した人の消息を伝える数多くの被曝伝言が発見され、保存計画を見直された。2001年(平成13年)8月暫定公開を開始、2002年(平成14年)4月に平和資料館として正式に開館したそうです

原爆ドームの東側すぐのところにあり、被曝伝言の生々しさは、その当時の人々の息遣いが感じられました



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爆心地、島病院

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この上空約600mで原子爆弾が炸裂しました



こちらは原爆ドーム






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