渡海文殊菩薩群像(快慶作)に会いたくて

    行って来ました奈良県桜井市
    近鉄桜井駅から徒歩15分

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    安倍文珠院に到着

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    いよいよご対面

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    (安倍文珠院HPより)

    中央
    獅子に乗って雲の海を渡る本尊文珠師利菩薩像(快慶作)
    800余年前の造立です

    本尊右前は善財童子像(快慶作)鎌倉時代
    本尊右後は優墳王像(快慶作)鎌倉時代
    本尊左前は須菩提像(快慶作)鎌倉時代
    本尊左後は維摩居士像(宗印作)安土桃山時代

    魅了されました



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    奈良市の北から京都 府木津川市木津に出る坂道(奈良坂)進むと
    ロマネスク様式の煉瓦建築が見えてきます
    閉鎖された奈良少年刑務所です

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    明治政府が造った「五大監獄」の一つで、建物は1908(明治41)年建築。今年、閉鎖されました
    内部の一般公開もあったようですが・・・
    民間企業がホテルに改装するそうです








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    2017年8月17日開催の熊野花火大会動画です









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    熊野花火大会、帰りの臨時特急列車が取れなくて



    臨時普通列車で宿泊先の松阪まで帰るわけですが
    花火大会最寄り駅の熊野駅は大混雑なので
    ひと駅歩いて戻ることを選択



    有井駅で上り普通列車に、ガラガラ
    席は確保
    熊野駅でドドー!、と一瞬で満員




    現在、午前2時
    松阪駅手前の多気駅で乗り換え
    と思いきや、後続の臨時列車が鹿と衝突して
    止まっています

    どうなることやら

    「追伸」
    午前3時すぎに松阪駅前の宿にたどり着きました




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    朝に
    帰りの臨時列車を押さえられず
    花火大会後に不安を残しますが



    とりあえず開始1時間前
    三重県熊野市






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    ・2017/08/12

    早朝の自転車散歩ののち



    お参りに



    お盆で朝からごった返していました、天王寺一心寺




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    今年も自転車旅行に出かけることもなく
    なんとなく時が過ぎていきます
    もう8月です



    【 7月備忘録  】
    当月走行距離 397キロ
    累月走行距離 41737キロ(新cc1854)



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    上映最終日に出かけました
    戦争映画で涙が止まらないのは初めてでした

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    沖縄戦に従軍した衛生兵デズモンド・T・ドスが前田高地にある険しい崖での攻防戦の最中、衛生兵として多くの負傷兵の命を救ったことを中心に描く実話に基づく物語です

    詳しくは沖縄県浦添市のHPに載っています

    日本軍の総反撃と死闘の末

     態勢を整えた日本軍は、前田守陣地を死守すべく物量に勝る米軍と死闘を展開していった。戦闘のあまりの激しさに米兵の中には発狂者も続出したといわれている。次にその戦闘状況を資料で跡づけていく。

    「四月二十九日の未明から朝にかけて、日本軍は、第九六師団前線の前面にかけて総反撃にでた。午前五時十五分、第三八三連隊の第二大隊は、手榴弾や槍をもった日本軍の強襲をうけ、G中隊の一小隊などは、この戦闘で三十名から九名になってしまった。とはいえ、第三八三連隊では二回にわたる日本軍への猛反撃で、およそ二百六十五名の日本兵を倒し、またその日の午後の戦闘では、戦車隊や火炎砲装甲車を先頭に、二百名以上の日本軍をやっつけたのである。(一三四頁)
     四月二十九日に前線交替をするまでに、第三八一連隊は戦闘能力四〇パーセントに激減、損害じつに一千二十一名にのぼった。そのうち五百三十六名は、前田丘陵四日間の戦闘でなくしたものであった。また小隊の中にはわずか五名ないし六名しか残らないところもあった。兵の多くは消耗しきっていて、彼らを後方に運ぶため、丘の下でトラックが待っているにもかかわらず、そこまで兵器をもっていく気力さえ失っていた。
     第三〇七連隊が、四月二十九日浦添丘陵分水嶺に達しておどろいたことには、ニードル・ロックのてっぺんは、幅六十センチそこそこの広さしかないということだった。丘陵の南側はけずられたように急に落ち、高さは北側ほどではなかったが、日本軍が洞窟を掘り、トンネルを通したのはここである。地下壕でそれぞれの洞窟を連絡していることがわかったのはまったく偶然からで、五月二日、一台の戦車が一つの洞窟に六発の黄燐弾をうちこんだところ、十五分ほどたったころ、三十名ほどのかくれた陣地からもくもくと煙がでてきたのが目撃できたのである。
     前田丘陵に、はげしい争奪戦がくりひろげられた。いくたびか攻め、いくたびか攻められた。手榴弾は飛びかい、洞窟やタコ壺壕には弾薬がなげこまれ、夜は夜で、双方とも敵のいつくるともしれぬ夜襲におびえていた。米軍は地上軍に加えて、空からも応援をたのみ、爆弾やナパーム弾が毎日のように投下された。戦車と装甲車は南東の方面から猛烈に攻めたてたが、丘の頂はいまなお頑強な日本軍の手中にあって、兵隊の言葉をかりていえば『ありったけの地獄を一つにまとめた』ようなものであった。(一三五〜一三六頁)
     一方、第二七師団右翼のほうでは五月一日、第三〇七連隊第三大隊が仲間部落を攻め、そこから学校のほうにむかって進撃をつづけていった。ところがこの作戦中、日本軍の砲弾が後方の弾薬集積所に落ち、大爆発音とともに一瞬にして五名が戦死、米軍はかなりの時間、弾薬にこと欠いてしまった。二日になっても戦況は進展しなかった。3日になって、同連隊の第一大隊では手投弾戦で死闘をくりひろげたが、日本軍もまた、反対側丘腹から手投弾や機関銃弾を雨あられのようにそそいではげしく応戦し、加えて遠距離から八一ミリ砲白砲で攻撃したのである。
     それは全く地獄絵図だった。帰ってきた兵隊は『もう二度とあんなところへなんかいくもんか』と叫んだ。だが小隊長の話によると、そういった兵隊自身、五分もたつとふたたび手投弾をもって引返していって、栓をぬくが早いか、日本軍めがけて投げつけたのである。(一三六頁)
     前田高地の戦闘で、とくにめざましい働きぶりを示したのは、B中隊の衛生兵ドス一等兵。彼はセブンスデー・アドベンチスト教会の信者で、信教上銃はもたないことになっていた。そのため衛生兵に回されたわけだが、高地攻略戦中、他の兵が撃退されても彼だけは頂上にふみとどまり、何回となくロープで、負傷兵を下方に降ろし、洞窟から洞窟にとび回って、負傷者に救急手当てをほどこし、こうして日本軍の猛砲火の中を、実に多くの兵のいのちを救ったのである。彼はのちに議会名誉勲章を授けられた。
     浦添丘陵の戦闘で、米軍の損害は大きかった。三十六時間もつづいた一回の戦闘で、第三〇七連隊の第一大隊は、少なくとも八名の中隊長を失ったことがあった。また四月二十九日、八百名で丘陵を攻めたてた部隊の、戦いすんで五月七日、丘をおりるときは、三百二十四名に減っているところもあった。だがこの戦いで日本軍は推定三千の兵を失ったのである。」(一三七頁)

     この前田の戦闘では、血なまぐさい肉弾戦の末、米兵でさえ、日本軍の“バンザイ攻撃”を地でいくような行動に出たことが記録されているが、第三十二軍残務整理部資料によると、弾の尽きた日本軍の中には、石を投げつけて抵抗しようとした部隊もあったことが記録されている。
    <沖縄県浦添市のHPより>



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    ・2017/07/08



    大阪は今年一番の暑さかな
    大阪天王寺の一心寺さん

    仁王門の扉



    納骨堂に
    第14期お骨佛 (平成29年、平成19年から28年までの納骨で造立)が納められました



    まだ白っぽいですね



    天王寺公園でタオル枕で寝ておりました





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    起きて寝て、
    それでも半分



    過ぎました


    蒸し暑く
    大阪駅北側の



    噴水広場はプール状態





    外国人に人気の
    梅田スカイビル





    【 6月備忘録  】
    当月走行距離 504キロ
    累月走行距離 41340キロ(新cc1456)






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